卒業式などで親しまれている「蛍の光」。
よく歌われるのは1番と2番ですが、もともとの歌詞は4番まであります。
以下に「蛍の光」の歌詞全文を掲載し、難しい言葉の読み方や意味、現在は2番まで歌われることが多い理由を紹介します。
「蛍の光」の歌詞全文【1番〜4番】
以下は、1881年(明治14年)の『小学唱歌集 初編』に収録された歌詞をもとに、現代仮名遣いと読みやすい漢字表記に整えたものです。
当時の原文とは一部の表記が異なります。
1番
蛍の光 窓の雪
書読む月日 重ねつつ
いつしか年も すぎの戸を
開けてぞ今朝は 別れゆく2番
止まるも行くも 限りとて
かたみに思う ちよろずの
心の端を 一言に
さきくとばかり 歌うなり3番
筑紫のきわみ 陸の奥
海山遠く 隔つとも
その真心は 隔てなく
ひとつに尽くせ 国のため4番
千島の奥も 沖縄も
八洲のうちの 守りなり
至らん国に いさおしく
努めよ我が背 つつがなく
※4番には、当時の領土の変化に合わせて「台湾の果ても樺太も」と始まる別の歌詞も使われました。
「蛍の光」の歌詞の意味・現代語訳
1番|勉強を重ねた日々と学び舎との別れ
現代語訳
蛍の光や窓辺に積もる雪の明かりを頼りに勉強し、長い年月を重ねてきた。いつの間にか時は過ぎ、今朝は学び舎の戸を開けて、別れていく。
「蛍の光」と「窓の雪」は、中国に伝わる二つの故事に由来します。蛍の光で勉強した車胤(しゃいん)と、雪明かりで勉強した孫康(そんこう)の逸話です。
この二つの故事から、苦労して学問に励み、その成果を得ることを意味する「蛍雪の功(けいせつのこう)」という言葉が生まれました。
また、「すぎの戸」は杉でできた戸を指すとともに、年月が「過ぎる」という意味を響かせた表現と解釈できます。
2番|別れる友人の無事を願う
現代語訳
ここに残る人も、旅立つ人も、今日でお別れとなる。お互いに伝えたい数えきれない思いを、一言に込めて「どうか無事で」と歌う。
2番には、現在ではあまり使われない言葉が登場します。
| 歌詞の言葉 | 意味 |
|---|---|
| 止まるも行くも | 残る人も、去っていく人も |
| 限りとて | これを最後として |
| かたみに | お互いに |
| ちよろず | 数えきれないほど多くの |
| 心の端 | 心の中にある思いの一端 |
| さきく | 無事に、幸せに |
「さきく」は、相手の無事や幸せを願う古い日本語です。
別れのときには、感謝や寂しさ、これからの幸せを願う気持ちなど、伝えたいことがたくさんあります。2番では、その思いを「どうか無事で」という短い言葉に込めています。
3番|遠く離れても変わらない真心
現代語訳
九州の果てから東北の奥まで、海や山を隔てて遠く離れていても、真心は変わらない。心を一つにして、国のために力を尽くそう。
「筑紫」は九州地方、「陸の奥」は東北地方を指します。
3番では、遠く離れていても心を通わせ、同じ国のために力を尽くそうという思いが歌われています。
4番|国を守り、無事に務めを果たすことへの願い
現代語訳
千島の奥も沖縄も、日本の国土を守る大切な土地である。これから赴く土地でも勇ましく務めを果たしてほしい。親しいあなたよ、どうか無事でいてほしい。
「八洲」は日本の国土を表す古い呼び名です。「我が背」は親しい男性への呼びかけ、「つつがなく」は病気や災難などがなく、無事であることを意味します。
4番には、当時の領土に対する考え方や、国のために務めを果たすことへの期待が表れています。
なぜ「蛍の光」は2番までしか歌わないのか
現在「蛍の光」が主に2番まで歌われる背景には、戦後の社会や教育の変化があります。
もともとの歌詞は4番までありましたが、3番には国のために力を尽くす内容、4番には当時の領土を守る内容が含まれています。こうした明治時代の国家観を反映した歌詞が、戦後の教育や社会の変化の中で歌われにくくなったことが、現在の形につながったと考えられます。
その結果、学びの日々を振り返り、友人との別れを惜しむ1番と2番が、卒業式などで広く歌い継がれています。
なお、「蛍の光」の原曲は、スコットランド民謡の「Auld Lang Syne(オールド・ラング・サイン)」です。
参考資料
- 『小学唱歌集 初編』(早稲田大学図書館) — 1881年の原典を確認できます。
- 昭和館図書室「『蛍の光』明治から昭和」(PDF) — 歌詞全文とその変遷についての資料。